シメオネ政権下で、リーガエスパニョーラの3強と評されるまで成長した、アトレティコマドリード。
今となっては、ビッククラブの仲間入りですが、少し前までは、他クラブに主力を引き抜かれることも少なくありませんでした。
そんな中でも、FWとGKは定期的に素晴らしいプレイヤーを輩出しています。
私がサッカーに興味を持った2008年以降でも、8名のトッププレイヤーがアトレティコに在籍していました。
今回は、その選手たちを紹介します。
GK 3名
ダビド・デ・ヘア
年 クラブ 出場 (得点) 2008-2009 アトレティコ・マドリードB 35 (0) 2009-2011 アトレティコ・マドリード 57 (0) 2011- マンチェスター・ユナイテッド 313 (0) ※Wikipediaより引用
ユース時代からアトレティコで過ごした、生え抜きのGKです。
今では、マンチェスター・ユナイテッドのゴールマウスを守る、スペイン代表の正守護神となりました。
アトレティコで頭角を現し、ファーガソンに熱望され移籍に至ります。
ファーガソン勇退後は、低迷するマンチェスターUを、驚異的な反射神経で何度も救ってきました。
過去には、お店でドーナッツをパクって騒ぎを起こすなど、少し抜けた所もあるようです。
クルトワ
年 クラブ 出場 (得点) 2009-2011 ヘンク 41 (0) 2011-2018 チェルシー 126 (0) 2011-2014 → アトレティコ・マドリード(loan) 111 (0) 2018- レアル・マドリード 61 (0) ※Wikipediaより引用
日本にとっては、苦い思い出もあるクルトワです。2018年のW杯ベスト16でベルギーと戦った際、クルトワのスローからカウンターをくらい、決勝点を献上しました。
2011〜2014年まで、レンタルでアトレティコに在籍経験があります。
アトレティコで評価を高め、チェルシーに戻りました。そこでも、チェフを抑えて正GKの座を射止めています。
当時「チェフと俺、どっちかを選べ」とクラブに決断を求めたそうです。結局クラブは、若くて将来性のあるクルトワを選び、チェフはアーセナルに移籍しました。
その後、アトレティコのライバルクラブである、レアル・マドリードに移籍しました。
クルトワは人間性に問題があるようで、「レアルはチェルシーよりレベルが高い」と発言し、チェルシーサポーターからブチギレられていました。
オブラク
年 クラブ 出場 (得点) 2009-2010 オリンピア・リュブリャナ 34 (0) 2010-2014 ベンフィカ 16 (0) 2010 → ベイラ・マル (loan) 0 (0) 2011-2012 → オリャネンセ (loan) 0 (0) 2011-2012 → ウニオン・レイリア (loan) 16 (0) 2012-2013 → リオ・アヴェ (loan) 28 (0) 2014- アトレティコ・マドリード 191 (0) ※Wikipediaより引用
クルトワが去った後、後釜としてオブラクを獲得しました。
2021年現在、世界最高のGKは? と聞くと、多くのプレイヤーがオブラクの名前を挙げます。
リーガエスパニョーラで、シーズン中に最も失点が少なかったGKに与えられるサモラ賞を、4年連続で獲得しています。
スロベニアは、ハンダノビッチ、オブラクと、GK大国となっていますね。
アトレティコは、デ・ヘア → クルトワ → オブラクと、見事なGKリレーを繋いでいます。
FW 5名
フェルナンド•トーレス
年 クラブ 出場 (得点) 2001-2007 アトレティコ・マドリード 214 (82) 2007-2011 リヴァプール 102 (65) 2011-2015 チェルシー 110 (20) 2014-2015 → ACミラン (loan) 10 (1) 2015-2016 ACミラン 0 (0) 2015-2016 → アトレティコ・マドリード (loan) 49 (14) 2016-2018 アトレティコ・マドリード 58 (13) 2018-2019 サガン鳥栖 35 (5) 通算 578 (200) ※Wikipediaより引用
神の子と言われ、アトレティコのアイドルとなったフェルナンド・トーレスです。
アトレティコで育ち、リヴァプールへ移籍しました。
私の中では、リヴァプールのイメージが強いです。当時は、それだけ眩い光を放っていました。
実際、移籍初年度でプレミアリーグのベストイレブンに入る活躍を残しています。
しかし、チェルシーに移籍して以降、泣かず飛ばずとなってしまったのは悲しかったですね。
いつかの試合で、GKを抜いてゴールに流し込むだけというシーンで、シュートミスしたのを見て、もう全盛期のトーレスは帰ってこなのかなと感じたのを覚えています。
ただ、アトレティコに帰って来た時の、ファンの歓迎は凄かったです。それだけ愛されていたということでしょう。
その後、Jリーグのサガン鳥栖に来てくれて嬉しかったです。
日本でトーレスに合ったファンが、写真撮影をお願いしたら快く対応してくれたらしく、人間的にも優れていることが分かります。
アグエロ
年 クラブ 出場 (得点) 2003-2006 インデペンディエンテ 54 (23) 2006-2011 アトレティコ・マドリード 175 (74) 2011- マンチェスター・シティ 263 (180) ※Wikipediaより引用
シルバと共に、マンチェスター・シティの看板選手として、長年活躍してきたアルゼンチン代表FWです。
ビッグクラブとしては歴史の浅いマンチェスター・シティが、ここまで格を上げたのも、アグエロとシルバの功績が大きいです。
小柄ながら体感が強く、密集地帯でもゴールへの道筋を作り、決めきる能力を持っています。
44シーズンぶりのプレミアリーグ優勝を決めた、2011-2012シーズンの最終節は、伝説に残る試合でしたね。
勝てば優勝という状況で、QPRに1-2で負けていました。諦めかけていた92分に、ジェコがヘディングで得点。続く94分にアグエロが決勝点を決め、優勝です。
ファンはピッチになだれ込み、お祭り騒ぎとなっていました。結果を知った、マンチェスター・ユナイテッドの選手は呆然としたことでしょう。
この優勝で私が一番驚いたのは、ファーガソンの予言です。
2011年10月23日のマンチェスター・ダービーで、シティが6-1で勝った試合がありました。
この時にファーガソンは「負けという結果よりも、得失点差がついたことが問題だ」とインタビューで答えています。そして、その通り優勝を決めたのは得失点差でした。マンチェスター勢の勝ち点は同じだったのです。
やはり名将は、視点が違いますね。
ちなみに、離婚しましたが、マラドーナの娘とも結婚していました。義父がマラドーナは、何となく大変そうなイメージがありますよね。
アトレティコでは、フォルランと2トップを組みゴールを量産しました。2007年には、FIFA世界最優秀選手賞を受賞しています。
ただ、アトレティコを去る際は、会長と何やら揉めていたようです。
フォルラン
年 クラブ 出場 (得点) 1997-2001 インデペンディエンテ 80 (37) 2001-2004 マンチェスター・ユナイテッド 63 (10) 2004-2007 ビジャレアル 106 (54) 2007-2011 アトレティコ・マドリード 134 (74) 2011-2012 インテル・ミラノ 18 (2) 2012-2013 インテルナシオナウ 34 (10) 2014-2015 セレッソ大阪 42 (17) 2015-2016 ペニャロール 30 (8) 2016 ムンバイ・シティFC 11 (5) 2018 傑志 7 (5) ※Wikipediaより引用
2010年W杯で得点王タイに輝き、大会MVPも獲得、ウルグアイをベスト4に導いたゴールゲッターです。
トーレスの後釜として、アトレティコが獲得しました。2008-2009シーズンは、33試合で32ゴールを挙げて、得点王を獲得しています。
セレッソ大阪や、私の好きなインテルでもプレイしていました。インテルでは、あまり活躍できませんでしたが…
ファルカオ
年 クラブ 出場 (得点) 2005-2009 リーベル・プレート 90 (34) 2009-2011 ポルト 51 (41) 2011-2013 アトレティコ・マドリード 68 (52) 2013-2019 モナコ 108 (65) 2014-2015 → マンチェスター・ユナイテッド (loan) 26 (4) 2015-2016 → チェルシー (loan) 10 (1) 2019- ガラタサライ 20 (13) ※Wikipediaより引用
アグエロの後釜として、当時のクラブレコードである4000万ユーロで獲得しました。
強靭なフィジカルとテクニック、決定力を持つコロンビア代表FWです。
猛然とゴールに迫る姿から、「ティグレ(虎)」という異名を持っていました。
アトレティコで大活躍した後、なぜかモナコに移籍します。アトレティコ以上のビッククラブに移籍すると思っていたので予想外でした。
そして、モナコで前十字靭帯負傷という大怪我を負ってしまいます。
そこから彼のキャリアは下降線です。マンチェスター・ユナイテッド、チェルシーと2季連続でレンタル移籍しますが、思うような結果を残せませんでした。
勿体ないキャリアとなってしまったのかなと感じます。
ジエゴ・コスタ
年 クラブ 出場 (得点) 2006 ブラガ 0 (0) 2006 → ペナフィエル (loan) 13 (5) 2007-2009 アトレティコ・マドリード 9 (10) 2007 → ブラガ (loan) 7 (0) 2007-2008 → セルタ・デ・ビーゴ (loan) 30 (5) 2008-2009 → アルバセテ (loan) 35 (9) 2009-2010 レアル・バリャドリード 34 (8) 2010-2014 アトレティコ・マドリード 94 (43) 2012 → ラージョ・バジェカーノ (loan) 16 (10) 2014-2018 チェルシー 120 (58) 2018-2020 アトレティコ・マドリード 61 ※Wikipediaより引用
狡猾なプレイでしばしば非難の的となる、ジエゴ・コスタ。ただ、能力に疑いの余地はなく、高い決定力を誇ります。
シメオネ政権下のアトレティコで成長を遂げ、2013-2014シーズンは18シーズンぶりのリーグ優勝に貢献しました。このシーズンは27得点を挙げ、メッシ、ロナウドに次ぐ得点ランク3位につけています。
シーズン終了後は、4000万ユーロでチェルシーに移籍しました。
2021年現在も、ドログバに代わる絶対的なFWが見つけられていないチェルシーにおいて、唯一可能性を見せていた選手です。
しかし、コンテによって、ジエゴ・コスタはチェルシーでの時間を終えています。
コンテ就任初年度である、2016-2017シーズンに見事優勝したのですが、シーズン後、ジエゴ・コスタに謎の戦力外通告を言い渡したそうです。しかも、メールで。
優勝に大きく貢献したエースをクビにするとは、相当相性が悪かったのでしょうか。
お陰で、チェルシーは未だにFWが人材不足です。エイブラハムかヴェルナーに期待している所でしょうか。
まとめ
選手 | アトレティコ在籍年 | |
GK | デ・ヘア | 2009-2011 |
---|---|---|
クルトワ | 2011-2014 | |
オブラク | 2014- | |
FW | フェルナンド・トーレス | 2001-2007 2016-2018 |
アグエロ | 2006-2011 | |
フォルラン | 2007-2011 | |
ファルカオ | 2011-2013 | |
ジエゴ・コスタ | 2007-2009 2010-2014 2018-2020 |
こう見ると、エースや守護神が去っても、見事に後任が穴を埋めていることが分かりますね。スカウトが優秀なのでしょう。
2021年2月21日現在では、ピッチの最後尾にはオブラク、最前線にはポルトガルの至宝ジョアン・フェリックスとルイス・スアレスを擁しています。
リーガ・エスパニョーラの首位をひた走っており、1試合多い2位のレアル・マドリードとは勝ち点6差をつけています。このまま、優勝を決めて欲しいですね。
今回は、FWとGKに着目しましたが、シメオネ政権下ではCBやMFもどんどん成長し、非常に強力なチームとなっています。
CLでの躍進も期待したいですね。
では!